高齢育児の理想と現実

高齢ママだからという色眼鏡で見られて、「うー理想と現実は違うんだよな」と感じたことはないですか? 良いことも、悪いことも。 今回はちょっと笑える話をまとめてみたいと思います。え?笑えない?そんなときこそ、笑い飛ばしましょう!

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目次

落ち着いた子育てができそう!

20代の子育ては大人とはいえ、まだそんなに社会経験を積んだともいえない年齢。精神的にもまだ発展期といえるかもしれません。そういう時期に子育てが始まると、心に余裕が持てなくてついガミガミガミ~!と子どもを怒っちゃう><; とよく聞きます。

でも実はその話、今子育て中の20代のママさんに限らず、子育て中のママさんから年齢問わず聞く話。それでもなぜか「高齢ママは精神的にも成熟してて、心にゆとりもあって子どもにあまりガミガミ言わない」と思われがちです。うーん、それってどうなんだろう・・・。

人によるんじゃない?

それは年齢というより、人によるところが大きいのではないかしら?そうはいっても、私の場合は20代で子どもを産んでいたら、ヒステリックなママになっていたとは思います。確かに自分のことを振り返ると、人間丸くなっているのです。けれど・・・それこそ人による。歳を重ねて丸くなる人もいれば、より攻撃的になる人もいるでしょう。どちらが多い?と言われたら、前者になるかもしれませんが。

それから一番多いかなと思えるケースは、高齢育児は体力的にかなりきついです。身体に余裕がなくなると、心にゆとりも持ちにくいのです。疲労がたまりにたまって、ついイライラして・・・ということもありえます。助けてくれる人が近くにいればまだ良いのですが、わが家のように夫が激務で不在がち、親には頼めない状況だと、どうしてもなんとかして自分で(公共サービスなどを利用するなどして)解決しなくてはならなくなります。

ゆったり子育てなんてできない

「初めての出産・子育てですよ?ゆったり子育てなんて、できるわけないじゃないですか」と私は思っています。出産のときも、怖くて怖くて、精神的ゆとりなんてどこにもありませんでした。破水しても陣痛が来ず、陣痛剤を点滴して陣痛を経験し「いいい痛い~!もう、でで出そう~!」という思いまで経験した挙句、緊急帝王切開でした。

産後の肥立ちも悪く、2週間入院しました。痛み止めを1ヶ月飲み続け、退院後は親に頼ることもできず、夫婦二人で育児をしました。産後1ヶ月は安静になんて、できやしませんでした。精神的にゆとりがなく、イライラしたりめそめそしたりの繰り返し。

高齢出産と持病持ちということで、地域の助産師さんが出産後半年ぐらい、月2回ぐらいのペースで家に訪問してくれました。私の精神的なサポートもしてもらい、なんとかやっていける状態でした。

経済的に安定・豊か!

高齢育児のメリットの1つとして、経済的ゆとりもあげられますよね。確かに統計的に見ればそうかもしれませんね。でも「高齢イコール経済的ゆとりある出産・育児」という方程式は成り立ちません。これもやはり人によりますよね。若くてもお金持ちだったり、お金持ちの人と結婚したら経済的ゆとりはあるでしょうしね。

高齢だからといって貯蓄があるわけではない

私の場合、長年働いてきたわりには訳あって貯蓄はかなり減っていました。その上ある出来事により、突然無職になってしまったのでした。夫は私より11歳年下で、知り合う前に勤めていた会社を退職し、起業したばかりでした。勤め人とは違い、毎月定額入ってくる保障はどこにもありませんでした。先々のことを考えて、切り詰めた生活をしなくてはなりませんでした。

私達の出会いはスタンダードからかなり外れているので、これが一般的とは思いません。けれど人生って、人それぞれですよね。この世にはたーくさんの人間がいるから、「概してこうである」といえるだけであって、ひとりひとりの事情を見ると、それこそ同じ状況なんてあるわけないのですよね。

他と比べず、自分らしくありたい

だから人と比べるのは止めた方がいいし、「概してこうである」という類の「高齢出産・育児のメリットデメリット」を信じすぎてはいけないと思います。もしも「高齢なのに精神的にも経済的にも不安定!」と自分で思ってしまうと、負の感情のスパイラルから抜け出せなくなります。

「自分は自分」と開き直り、自分らしさを取り戻せばそれでOK。自分なりの子育てをしていけばよいのではないでしょうか。人と違っていても気にしない。そういう気持ちが自信を育ててくれると思います。

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少しずつ親になっていくから

出産後からすぐにママになれる人もいれば、なれない人もいます。私はすぐにママになれないタイプでした。自分には母性というものがないのだろうか?と感じた時期もありました。けれども徐々にママになっていくのです。

出産後、最初はただ必死

高齢で出産したからといって、穏やかで優しい笑みを赤ちゃんに向けられるわけではないのです。赤ちゃんが生まれたら、高齢であろうがなかろうが毎日必死で赤ちゃんのお世話に明け暮れます。それこそ悩む暇もないくらいに。それははじめての子どもであれば、年齢を問わず誰もが同じです。

生後1ヶ月が過ぎる頃、おっぱいやミルクや食事をあげたり、オムツを替えたり、お風呂に入れたりという毎日のお世話に慣れてきます。始めのうちは3時間おきにおっぱいやミルク。すんなり飲んでゲップして寝てくれたらまだいいのですが、そうはいかないのが普通ですね。あれこれやって、「ふー、やっとおっぱい終わって休める・・・」と思って時計を見たら、次の授乳まであと1時間しかない?!なんてこともザラ。

私はそれこそ始めの1ヶ月は不満を抱く暇もないほど、慣れない育児に没頭。必死でした。おっぱいを飲み終わり、なかなかゲップが出なかった。トントンすること30、40分。もう良いかなと思って寝かせたら吐く。時には激しく噴水のように吐くので、不安になることも。

いろいろ悩み始めるのは慣れてきた証?

毎日のお世話に慣れてくると、あれこれ考える頭のゆとりが持てるようになります。私はその頃、いろんなことを考えていたと思います。

私には母性が足りない?!

自分には母性があるのかと軽く悩んだことがありました。今生き別れたとしても、普通に生きていけそうと感じる自分がいました。子どもは大事ですが、よく聞くような「母性」が私の中にはないと感じていました。けれど時が過ぎ、子どもが私を慕ってまとわりつくようになり、一生懸命話しをしてくれるようになり、気がつくと子どもへの愛情をいっぱい持った普通のママになれていました。

今まで時間を無駄にしてきた?!

それから子どもを産む前と後の自分の人生を考えたとき、自分はこれまでいかに時間を無駄にして生きてきたのだろうと感じました。子育てが始まり、自分の時間がなくなって気がつきました。一時期は家にいてもトイレすら自由に行けないこともありました。

時間の使い方を考え直すようになってから、朝が弱かった私が別人のように早起きになりました。ひとりの時間を作るためには、早起きしかなかったからです。自分が自分でいられるために、一人の時間がどうしても欲しかったのです。そうしたら自然と早起きができるようになりました。これも親になれたことで気づいて変われたことでした。

夫は非協力的?!

夫が仕事で家に不在がちなことに対する不満もありました。このことについては何度も何度も夫婦で話し合いました。見知らぬ土地への引越し、知り合いもいなくて方向音痴の上土地勘がなく、苦手だった車の運転をしなければどこへも行けない。おまけに子どもは第一次反抗期。子どものチック、私の育児ノイローゼ。追い討ちをかけるように私は更年期に入り、体調不良が続きました。救急車で運ばれることも数回。そんな状態で夫は何日も出張で家を空けたり、通常勤務でも毎晩深夜に帰宅。変則的な勤務も多かったです。夜勤明けにそのまま通常の昼勤務、残業で帰宅は10時過ぎなどザラでした。今思い返しても、このときが一番大変でした。

自分が今書いたものを読み返してみると、なんてひどい夫かという印象を与えてしまいかねないと思ったので補足します。私が一番辛かった時期からずっと、ことあるごとに夫婦で話し合ってきました。夫の言い分がどうしても理解できないときもありました。けれども夫は夫なりに、家族のことを真剣に考えてくれていたのです。それは彼の言動を見ているとなんとなくわかったので、言い争いにはなりませんでした。今思い返すと、彼は彼なりに家族のあり方を模索していた時期なのかもしれないと思います。

結局は愛だった

いろいろあったけれど、そういう経験を通じて少しずつ少しずつ家族みんなが強くなり、成長してきたように思います。始めから大きな母性を持てるママもいるでしょうが、どうしてもママになりきれなかったとしても、時間をかけて次第にママになっていくのだと思います。誰かのようにならなくてもいいのです。子どもの「ママ大好き」という言葉を聞いて、心があったかくなったりうれしく感じれば、きっと大丈夫なのだと思います。そんな言葉を逆に辛く感じてしまうママもいるかもしれません。でもそれは、子どもへの愛情があるからこそですね。そして何よりも、お母さんがお母さん自身を愛すること。これってとても大事だと思います。

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高齢育児 現実を大切にしたい

理想よりも現実。現実を大切にしたいです。理想を追いかけるのではなく、現実をまっすぐに見つめたい。そこを出発点にして、よりよくするためには?より楽しくするためには?と考えて育児をしていきたいです。

子どもは親とは別人格なのだから、思うようには育たないのが当たり前ということを忘れないようにしたいです。育児に一生懸命になりすぎると、子どもの声を聞き逃しがちになってしまいます。「こうあるべき」とか「こうしたい」という気持ちに気づいたときにそういう気持ちを手放すようにしたいです。そして子どもから発信されるサインを全身で受け止めて、不器用でもいいから一つ一つに丁寧に対応していきたいです。

今でも私の堪忍袋の緒が切れて、大噴火を起こすことがあります。それはきっと、これからも変わらないと思います(笑)。言い訳ではないのですが、いつも冷静に叱るだけではなく、ときには親の感情が爆発して怒ったところを子どもに見せるのも、大事なことだと思うのです。「こんなことをしたり言ったりすると、人は怒るんだ」と子どもが理解すると思うからです。

私は怒りっぽいです。でもいつもは我慢。ときおり我慢できずに大爆発。これが現実で、仕方のないことと思います。けれど仕方ないでは終わらせたくないので、感情を爆発させてしまったときには、フォローをきちんとします。子どもの恐怖心や不信感や怒りなどの、マイナスの気持ちを解放させてあげられることをします。簡単な言葉での説明と、スキンシップですね。

私の高齢育児、こんなもん。イライラすることもあるし、ドッカーンと怒りを爆発させたり。わざと意地悪なことを言うことも。その後、必ず子どもに謝っていますけど^^;

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